●みんな私です。ウィッグを替えてますけど。
プロファイル画像1 プロファイル画像2 プロファイル画像3 プロファイル画像4
(左から1つ目と3つ目は女装サロン・エリザベス会館のスタジオで写してもらったもの。2つ目と4つ目は家で女装してお出かけし、自撮りしたもの。)


女性の衣服にフェチなこと

若い頃は自分がどうして女性の服を着たいと思うのか分からなかったんですね。でも、インターネットが普及して、いろんな情報を得ることができるようになったら、ようやく女性の服に対するフェチが原因だと分かってきました。

女装する男は、かつては「おかま」と呼ばれて、同性愛の欲求で女装していると思われていたそうなんですね。やがて、「性同一性障害」という病気が世の中に広く知られるようになって、メディアで取り上げられる機会が多くなると、女装者=性同一性障害と思われてしまったりするんですね。まったく、マスメディアの力は恐ろしいものです。

確かに世の中には、同性愛の欲求で女装する人も、性同一性障害で女装する人もいらっしゃるんでしょうけど、どちらも自分の子供の頃からのことをいろいろとを思い起こしてみても、当てはまらないんですね。いったい、自分が女性の服、特にスカートが好きで、はいてみたいと思うのはなぜだろうといつも思っていた、というか若いときは悩んでいたんですね。でも、やがて、インターネットが広まって、女装に関してそれまでにないぐらい、いろんな情報を得ることができるようになってきました。ようやく自分の女性の服に対する欲求はフェチの一つだということが分かってきたのですよ。

フェチ(フェティシズム)という言葉を調べると、「身体の一部や衣服・その他記号化された様々な物品・現象に『個性的』な執着を見せたり、性的興奮を示す傾向を指す俗語の一種。」(Wikipediaによると)だそうで、女性の衣服に性的興奮を感じる私は、たしかに当てはまります。思春期ぐらいになると、1人H(マスターベーション)をやり始めますが、下着姿などのセクシー写真やヌード写真なんかよりも、中学生向けの学年誌や、ふつうの雑誌に載っている、ふつうに服を着た女の子の写真やイラストなんかを見ながらやっていました。そのほうが興奮できるんですよ。進学で親元を離れてからは、女性誌(ファッション誌で最初は「JJ」とか「CanCam」などから)を買って、それを見ながら1人Hしていました。50代になったいまでも、1人Hは女性誌や通販カタログなどで服を着た女性の写真を見ながらです。こうしてみると、女性の服への私の執着もかなりのものだと思えるんですね。

実は、女装する男性たちのサイレントマジョリティは、女性の服や靴、アクセサリーなどへのフェチな欲求でやっている人たちではないかと思っているのですよ。女性の服、特にスカートは、多くの人にとって、子供のときに最初に意識する、女性を示す記号であるわけですから。民族衣装などの例外を除けば、日常生活で着る服で、スカートは男がはくことはない、女の人だけのものなので、スカートに対して潜在的に性的な興奮を感じる男は、相当に多いと思っています。そして、衣服・靴・アクセサリーなどへの性的興奮は、自分で身につけてみたいという欲求になることが多いのも確かでしょうね。だから、世の中には、「スカートをはいたらどんな感じか、一回やってみたい。」というレベルからの、潜在的な女装願望を持つ人は、かなり多いんじゃないかなと思うんですよ。

私が持っている電子辞書には、国語辞典で古くからあるものが収録されています。その辞典で「フェティシズム」を調べると、「異常性欲」とか「性的倒錯」とかいった言葉が出てきます。古くからある辞書だからしょうがないのかもしれないけど、こんな言葉を使ってほしくはないですね。

かなり前ですが、居酒屋に置いてあったスポーツ紙か夕刊紙かを見ていたら、フェチを取り上げた記事に、
「男の数だけフェチがある」
という見出しがありました。確かにそうだと思いましたね。ほとんどの男は多かれ少なかれ、なにがしかのフェチな欲求をを持っていると思いますよ。そして、欲求の中身は1人1人違うんでしょうね。私の、女性の服、特にスカートへのフェチも、その欲求がかなりな強さなのも、そうしたものの一つで、つまりは個性のうちだと思っています。だから、「異常」とか「倒錯」なんて言われたくないですよね。

「個性のうち」なんてことは、若いときは思わなかったですけど、年を重ねるうちにそう思えるようになってきました。なので、今はこれも自分の個性と思って、気楽に女装をやっているんですよ。

一番好きなのはフレアースカート

だからと言って、フレアー以外のスカートが嫌いなわけではありません。

私のコレクションにはタイトスカートもプリーツスカートもあります。確かにフレアースカートが一番、多いですが。

フレアースカートが好きといっても、フレアーとそれ以外のスカートを並べられて、「どっちがいい?」と聞かれたら、フレアースカートのほうがいいというぐらいの感覚。あるいは、女性が二人いて、顔やスタイルに大きな差がなくて、一人がフレアースカート、もう一人がフレアー以外のスカートをはいていたら、フレアースカートの女性のほうに、つい目が向いてしまうとか、それぐらいのものなんですね。

好きな服のテイストはフェミニン系

「フェミニン」という言葉を辞書で調べると、「女性的な」とあったり、それにプラスして、「女性の繊細さや、優しさといったニュアンスを含む」とあったりしますね。

ファッションでフェミニン系という場合は、こういう感じになんでしょうか。

  • 清楚で上品
  • きちんと感・・・別の言い方では「コンサバファッション」というのもありますね。「コンサバ」は"conservative"(保守的な、地味な、控えめな)のことですが、きちんとした家庭で育ったお嬢さんふうのファッションという意味だったりします。つまり、派手とかセクシーとか、あるいはカジュアル過ぎるとかいったものではないということでもあるんですね。
  • 甘め、スイートというのもフェミニン系ファッションの大きな要素ですね。これが、女性の繊細さ、優しさ、あるいは可愛さを示すものでしょう。フェミニン系ファッションで甘めの典型というと、たとえば、ツインニットとフレアースカートの組み合わせだったりしますね。
  • もう10年か20年かそれぐらい前、新聞に載っていた結婚情報サービスの広告に、こういうフレーズがありました。
    「穏やかな家庭に育った、気持ちの優しいお嬢さん」
    こういうお嬢さんが着ている服は、やっぱりフェミニン系ではないかと思えますね。
こういった感じのファッションが似合う女性が好きなので、自分が女装するときも、やっぱりそんなふうになりたいのですよ。


女装が好きでも、どんな感じの女性に変身したいかとか、どんな服が好きかを伝えるときに、一つの言葉だけだとなかなか、うまく伝わらないんですね。

単に「可愛い」というと、フリルやレースの飾りが一杯とか、ロリータ系とかいったイメージを思い浮かべられてしまいます。これも10年か15年か前ですが、テレビの情報バラエティ番組で局の男性アナウンサーが女装体験をするというのを見たことがあります。場所はどこかの女装バーだったと思いますが、そこで、どんな感じがいいと聞かれた男性アナウンサーが、「可愛い感じ」と答えると、ロリータ系の服やウィッグ、メークの女装にされていたんですね。

「清楚で上品なお嬢さん」というと、かなりイメージは限定されますが、単に「お嬢様」というと、金持ちの娘や上流階級の娘で高慢とか、成金の娘でやたらブランドもので飾り立てて趣味が悪いとか、箱入り娘で生活力無しとか、マイナスイメージを思い浮かべる人が多いですね。前に、「ヒョウ柄着ているからお嬢様」などと言う人がいて、「何考えてんだ!こいつ。」と思ったことがあるんですが、その人は、成金の娘ふうのイメージで「お嬢様」を捉えていたのかもしれませんね。

「フェミニン系ファッション」について自分が持っているイメージを、上のようにいろいろと書き並べましたが、でも「フェミニン」という言葉だけでも、イメージが伝わりやすいと思えるんですよ。

それは、女性誌や、通販カタログ、通販サイトの女性ファッションのところに、「フェミニン」という言葉が登場する頻度が高いからです。

たとえば、通販のベルメゾンのサイトで、女性ファッションのところを見ると、「テイスト」というメニューがあって、そこを見ると、

  • 大人カジュアル
  • フェミニンスタイル
  • スタイリッシュエレガンス
  • 大人グラマラス
と4つが出てきます。私が最初に見るのは、やはりフェミニンスタイルですね。フェミニン系ファッションの画像がいっぱい出てきます。

こうしたものがあるおかげで、フェミニン系ファッションのイメージが、世の中に認知されていると言っていいと思えます。

ちなみに、私がフェミニンの次に見るのは、スタイリッシュエレガンスと大人グラマラスのどちらかで、カジュアルを見ることは、ほとんどないですね。

言葉にも流行りすたりはあるし、時間が経てば「フェミニン」という言葉の露出度も低くなるかもしれませんが、私がこのサイトを作った2014年では、頻繁に見かける言葉ですし、ベルメゾンのサイトの女性ファッションテイスト別メニューも上のようなものになっていました。


こうやっていろいろ書きましたが、女装する人でフェミニン系ファッションが好きな人は、やはり少数派なのかと思えます。ネットで女装姿を公開している人を見ても、エリザベス会館のような女装サロンで出会う人を見ても。

でも、その一方でこうも思えるんですよ。女装しても、好みの服は人それぞれだから、みんなそれぞれ少数派なのかもしれないと。エリザベス会館に来る人を見ても、セクシー系が好きな人、和服が好きな人、ドレスが好きな人、コスプレが好きな人、アイドルのステージ衣装ふうが好きな人、ギャルふうが好きな人、etc.、そしてこうした中の複数のファッションが好きな人もいるんですね。

みんなそれぞれ少数派なら、別にそれでかまわないですが、私のようなフェミニン系好きもいるんだぞということを言いたいという気持ちはあります。それが、このサイトを作った理由の一つでもあるんですね。

女装してなりたい女性は、(主に昭和の)特撮・アニメに登場する博士の娘

私の実体は男ですから、子供のときから特撮やアニメ(主にヒーローもの)は好きでいつも見ていました。特撮だと、最初の「ゴジラ」が昭和29年ですが、昭和30年代半ばに生まれた私は「ゴジラ」や、昭和30年代から昭和40年代初めごろの特撮映画をリアルタイムには見ていません。そういった映画を見たのは、昭和40年代中頃近く(1970年少し前)に小学校の3年生、4年生ぐらいの年になって以降、テレビ放映ででした。

一方、テレビのアニメのほうも昭和40年あたりからいろんな作品が作られ、そういったものも見ていました。本放送で見なかったものも、当時は夕方の5時台が子供向け番組の再放送の時間帯でしたから、再放送でいろいろと見ました。

そうした特撮の怪獣ものにしても、特撮・アニメのSFヒーローものにしても、たいていは科学者の博士が登場します。そして、多くの場合、博士には若くて美しい娘がいて、しかも父親を上品な感じで「お父さま」と呼んでいたのです。

父親を「お父さま」と呼ぶ上品な女性など、そうそう身近にいたりはしませんから、テレビ画面に登場する上品で美しい女性たちを子供心に憧れを持って見ていました。印象が強かったのはやはり最初の「ゴジラ」に登場する山根博士(志村喬)の娘・恵美子(河内桃子)。それから、こちらは父親は博士ではなく旧日本海軍の大佐という役柄ですが、「海底軍艦」に登場する神宮司大佐(田崎潤)の娘・真琴(藤山陽子)などでした。

子供のときから特撮・アニメでこうした女性たちを多く見てきたので、いつしか私の頭の中では父親を「お父さま」と呼ぶ女性は博士の娘というイメージが出来上がっていきました。これが勘違いであることに気が付いたのは、ずーーーっとあとになってからなのです。

「お父さま」というような言葉遣いをする女性は、博士の娘ではなく、上流家庭とか名家とか良家とかの娘だというに50歳近くになってやっと気が付きました。(特撮・アニメではない)古い時代の映画について、「お父さま」というセリフが上流階級の上品な女性らいしという解説があったからでした。

考えてみれば、世の中の博士号を持つ人の娘がみんな父親を「お父さま」と呼んでいるなど、ちょっとあり得ないことですよね。たまたま、かつての上流階級出身の人が博士号を取って、昔からの家庭の教育で娘に「お父さま」という言葉遣いをさせているというようなこともないとは言えないですが、あったとしても極めて例外でしょう。

最初の「ゴジラ」の作り手たちは、実際の博士号を持つ人の家庭がどんなか詳しく調べたりしたわけでもないでしょうから、恐らくイメージだけで博士の娘であるヒロインを良家の子女キャラクターにしてしまったのではないかと思います。物語に登場する博士にはマッドサイエンティストもいたりしますが、まともなほうの博士なら研究に打ち込む真面目な人物だろうし、そういう家の娘なら躾も教育もきちんとされた娘だろうという漠然としたイメージで。そして、追随したいろんな特撮、そしてアニメでも最初の「ゴジラ」のヒロイン像を引きずって、レギュラーキャラにしてもゲストキャラにしても父親を「お父さま」と呼ぶ若くて上品で美しい博士の娘が数多く登場していったのだと思えます。

私は前にも書いたように子供の頃から女性の服に対してフェチな感覚がありました。それで、どんな服が好みになっていったかですが、やはり特撮・アニメに登場した博士の娘のイメージが強く影響しています。そうした娘たちが実は良家の子女キャラで描かれていたと私が知ったのはずっとあとですが、上品で清楚な女性ですからやはり着ている服はフェミニン系・コンサバ系になります。一口にフェミニン・コンサバ系と言っても、時代によって流行が変わりますから形も違ってくるだろうし、スカートが短くなったり長くなったりもあるでしょうけれど。そして、メイクはやっぱりナチュラルメイクが基本。そうしたファッションなりメイクは、まさに私の好みのスタイルですね。親元を離れてから1人Hのおかずにしようと買うようになったのも、お嬢さんスタイルの服を着た女性の写真が多く載っている「JJ」、「CanCam」などの女性誌でした。

そしてまた、博士は堅い職業なので、娘は華美にならず、むしろ清楚で上品な女性として描かれることになるのですね。また、成金的な下品なものでもないんですね。そうしたところから、私も清楚で上品なスタイルが一番好みになっています。

特撮・アニメではすべてではないですが多くの場合、博士は妻(娘の母)を早く亡くしているという設定が多いですね。なので、娘は家の中のこともちゃんとできるしっかり者に自ずとなります。きれいで上品だけど生活力が全然ない箱入り娘のようなものではないのです。そして、さすがに博士の娘なので知的能力は高く、博士の研究の助手をやったりもするんですね。最初の「ゴジラ」のヒロイン山根恵美子も、母親はすでにいないので家の中のことはちゃんとやっていましたし、ゴジラが人間たちの前に姿を現す前、大戸島で起こった謎の事件の調査に行く父親にも伴い、調査の助手をやっていました。

特撮・アニメでは世界を征服しようとする悪の組織とか地球を侵略しに来た悪の宇宙人がしばしば登場しますが、悪役たちが博士の娘を誘拐し、自分たちに協力するように博士を脅すというお約束の展開があります。そうしたときに、母親がいなくて父娘2人という設定だと、博士は娘にはいろいろと苦労させてきたので幸せにしたいという思いがあるので、娘の命を救うか、人類を裏切るかという選択を迫られてより深く苦悩するというストーリーが描きやすくなったりするんですね。

それはさておき、こうした博士の娘キャラが私の女性の服やメイクに対する好み、女装したときの女性のイメージに大きく影響しています。美しく清楚で上品で、しっかり者で知的能力も高い・・どうもそれが自分にとっての理想の女性像になっているんですね。

女装を好む男は、女装した自分が恋人だと思っているという話を聞いたことがあります。確かにそれは言えると思います。インターネットが広がって、女装の情報をいろいろ得られるようになったころ、女装を好む人は自分の女装した写真を見ながら1人Hをやるというのを読んだことがありました。私もデジカメで撮った自分の女装画像をプリントアウトしたものを、おかずにして1人Hできてしまうんですね。それもやはり、自分が理想とする女性像に近づくように女装しているからだと思えます。

そしてまた、清楚で上品なお嬢さんが一番似合いそうな東京都内の街といえば、やはり銀座がそのイメージですね。まだ家で着るだけの女装をしていた頃も、きれいにメイクして出かけるならやはり銀座と思っていました。
(→その後、かなりのブランクがありましたが、メイクも上達し、初めて電車に乗って本格女装お出かけした場所も銀座でした。)

女装しての過ごし方は写真撮影して、そしてまったり

家でも、女装サロンのエリザベス会館へ行ったときでも、着替えて、メークが終わったら、最初は写真撮影です。家では三脚にカメラを載せてセルフタイマーで写し、エリザベス会館では有料ですが撮影してもらいます。

そのあとは、家では姿見の鏡、エリザベス会館では壁一面の大きな鏡で、自分の姿を鑑賞したり、コーヒーを飲んだり、お菓子(甘いお菓子)を食べたり、女性誌を読んだり、通販カタログの女性ファッションを見たりと、女の子が自分の部屋でやっていそうだと思えることをやりながら、まったりと過ごしています。

女の子がやっていそうな過ごし方を繰り返すうちに、「次の日曜は、女の子ごっこしようかな...」とか、「さあ、これから女の子ごっこしよ!」という言葉が自然に頭に浮かんでくるようになりました。それでこのサイトのタイトルに「女の子ごっこ」という言葉を使うようにしたんですね。

女性誌や通販カタログ、通販サイトのモデルさんを参考にして撮影

女性の写真を見て1人Hするのだって、男性向けの写真集に載っているようなセクシー写真でなく、女性誌や通販カタログ、通販サイトのモデルさんの写真を見ながらやるほうが好きで、ずっとそうしてきたんですね。だから、女装しても、自分が好きな感じの、女性の写真と同じように写したいと思うんですよ。なので、そうした写真で、モデルさんたちがやっているポーズを参考にして、というか、真似してポーズを取って写すんですね。

やっぱり女性の服へのフェチな欲求が強いから、服を見せるための写真である女性誌、通販カタログ、通販サイトの写真の撮り方と相性がいいのだろうと思っています。載っている服にもいろんなテイストのがありますが、私が好きなのはフェミニン系ですから、やっぱり、フェミニン系ファッションに身を包んだモデルさんを真似しますね。それに、若い子向けファッションでのモデルさんポーズより、OL以上の年齢の大人の女性が着る服を着たときの、モデルさんのポーズのほうが好みなんですね。

憧れの女装っ子は新八犬伝の犬坂毛野

私が思春期の年齢だったころ、テレビで「新八犬伝」という人形劇ドラマがやっていました。原作は曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」ですが、原作のほうは読んだことはありません(かなりの長編らしいから、現代語訳でも読むのが大変でしょうね)。

この物語に登場するヒーローチーム・・里見の八犬士のひとりに犬坂毛野がいます。この犬坂毛野、美少年で女装すれば、完全に女性にしか見えないというキャラクターで、敵方に侍女として潜入したりもするんですね。(だけど、八犬士は牡丹のあざが、それぞれ身体のどこか一箇所にあるので、それで見破られたというエピソードもありました。)

美少年といってもヒーローチーム・・八犬士の一人ですから、戦士としての力もちゃんとあるわけで、つまりは、男としてのかっこよさもあって、同時に女性になろうと思えば、完璧に変身できるほどの容姿もあるわけです。「新八犬伝」を見ながら、犬坂毛野のようになれたらいいなと思っていました。

私は子供の頃から運動が苦手で、体育の時間が嫌いな子だったから、女装もするけど、男としての身体能力も高くてかっこいい犬坂毛野によけいに憧れたのかもしれません。

男としてもかっこよくて(だから、女性にもてる)、そして完璧に女にもなれるような人になりたいなんて、考えてみれば、ずいぶん贅沢な願望ですね。逆に、そうした願望を持ち続けていたから、同性愛願望で女装というのにも、性同一障害にも自分は当てはまらないと感じましたし、そのために自分の女装願望がいったい何なのか、なかなか分からなかったんですね。


男でも女でも自在に変身できるキャラクターというと、アニメ「科学忍者隊ガッチャマン」に出てくる、悪の組織ギャラクターの首領ベルク・カッツェがいますね。男女の双子として生まれてくるはずだった子供が、宇宙人(ギャラクターの総裁X)の力によって、雌雄同体で生まれたミュータントという設定です。男にも女にもなるんですが、どっちになっても、やはり悪役キャラの外見ですから、そういうのには気持ちが入っていけないですね。やっぱり、主役側でないと。

それから、もう一つ、登場人物ではなく変身道具ですが、自分も欲しいと思ったものがありました。アニメ「ひみつのアッコちゃん」の魔法のコンパクト。これなら、好きなときに、好みのタイプの女性に自在に変身できますからね。

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